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 白髪一雄 画材と表現 painting materials and expression

 

尼崎市総合文化センターで<画材と表現>にスポットを当てた白髪一雄展が開催されている。かねがね卵と鶏のような関係の創作の原点に深く興味を抱く課題である。それに応える作品がズバリセレクトされていた。そう広くない会場だが充分に応えてくれる作品内容であった。特に印象に残るのはクレムソンレーキ一色を手指でえがいた1954 「作品 1 」、「赤い液」(ミナミの肉屋から買ってきた豚の腸を詰めたもんや、吉原先生んとこ持っていったらそんな気持ち悪いもんやめとけ!といわれたんや、とまるでいたづらっこの様に生き生き話しておられたのを思い出す)、それから和紙に描かれた「破天轟」、初期には鳥の子紙を主支体にした作品が多くあるが '58 年以降はキャンバスになる。この「破天轟」は 1985 年、そして「波濤」は1987 年、本格的な大作のタブローはこの他3点位である、私の知るところでは。私は和紙をあえて支持体にしたことに興味を持ちこの冊子を編集した。

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白髪一雄 画材と表現  painting materials and expression  尼崎市総合文化センター  〜 12/24

 

カズオ・イシグロ「浮世の画家」 

カズオ・イシグロを読んでみようと並べてあったのを全部買った、全部といっても文庫本5冊だが。まずタイトルから「浮世の画家」を読んでみた。テーマは時代の大きな転換期に遭遇した大家の画家の独白である。戦前の軍国主義の潮流に乗り風靡したが敗戦と同時にそれは逆転して負の遺産となる。それは己の魂を蝕み、家族まで苛む。がそれは自己の内の葛藤であるが、その内なる葛藤を何層もの回想シーンをランダムに重ねて表現していく。この連鎖的手法は絵画的だと感じた。父娘の描写に原節子のイメージが浮かんだが、なるほどイシグロは小津ファンとか。軍国主義に沿わない弟子の森田のアトリエで憲兵が作品を燃やしているシーンなどは瀧口修造や福沢一郎などの日本のシュルレアリズムの黎明期を知らされる。

舞台は東京ではない、地方のよくある街だ。主人公の画家も決してグローバルではなく地方レベルの画家だと思う。政治家、軍人はともかく敗戦による画家の心の総括と悔恨をテーマにしたのは初めて出会った思いがする。

それにつけても乳白色の裸婦でパリを風靡し、戦争画を多く描き、終戦後の裏を返した厳しい糾弾にフランスの戻り、日本国籍離脱した藤田嗣治を題材にしたらどんなにドラマチックに、どんなにスケールの大きな小説になるだろうか?異邦人レオナール・フジタの魂(こころ)の軌跡に想いが馳せる。

「吉林孔子廟」 1941 年

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この度父・北村富三の絵が見つかった。発端は近代洋画のコレクターさんからのメールであった。アートマーケットにも無縁の画家の作品がよく見つかったものだ。改めてインターネットの威力を知らされる。紀元2601 年と記されている。西暦 では1941 年、昭和16年、吉林の孔子廟を描いている。父は三十代半ば、この頃家族は下落合に住んでいて、春から夏に掛けて毎年満州に渡って絵を制作していた。皮のトランクの中からチョコレートやロシアケーキ、お洒落な洋服などが出てくるのが幼い私の何よりの楽しみだった。神戸港や下関港から渡ったと聞くが嵐の前のほんの一時の良き時代であった。

この「吉林孔子廟」は角度を変えた作品がもう一点ある。それは銀座きくやギャラリーの個展時の絵葉書にもなっている。作品は郷里の公共施設に入ったのだろうかてんびんの里博物館に寄贈されている。その他にも吉林の風景のデッサンなど母が寄贈したのが収められている。

持ち主が大事にしてくださったのだろうか絵は 70 年余を経ているが状態は良かったが洗い(修復)をしたら色彩が蘇ってきた。草むらからムンムンと熱気が漂ってくる。それは富三の Passion 、確かに受け取りました。


 


 

 

 

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“asobi”<あそび>って一体なんでしょうか?

古来日本文化には~遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ~梁塵秘抄(りょうじんひしょう)や禅語「遊心」が風流=芸術の根底にあります。
西洋ではホイジンガの「ホモ・ルーデンス」という遊戯が人間活動の本質であり、文化を生み出す根源だと思想があります。
私には三人の赤ん坊を育てた臨床体験が鮮明に脳裏に刻みこまれています。乳に満ち足り、寝足りた赤ん坊の行為ですがそれはそれは好奇心に溢れています。手足で遊んだり、触れるものは何でも口に持っていったり、触覚、視覚、聴覚をフル回転して一時の休みもなく遊んでいます。ハイハイができるようになるとその好奇心は一段と高まり、その好奇心により運動能力が発達していく様に見えます。
この好奇心こそ人間の本質であり asobiではないでしょうか?

さて前書きが長くなりましたが、その狙いは私の 密やかな asobiを正当化するための方便でもあるのです。
寛仁大度な作家さま方が私の“asobi”に目くじらたてられないことを願っての、

ところで、今私が目にしている作品はかってはあなたの胎内から産み出されたものですね。安産であったか、七転八倒の難産であったかはわかりませんが産み出された作品はもう一つの独立した人格?というか画格を持った生命体として存在しているのです。
そして見る者の心に生命の輝きを点火させ、時空を超えて生命のエネルギーを放出し続けるのです。
もうそれは産みの親である作家さんの圏外の事象なのです。
感動された時、もうその人のPersonal possessionになるのですから。
感動するとは一体どういうことでしょうか?
それは見者の内にある感性が呼び覚まされる、そして共鳴することではないでしょうか。見者の未窟の鉱脈を探り当てる歓喜と奏でる協奏曲こそ至宝の asobi ではないでしょうか?

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Asobi

References to play abound in Japanese culture passed down over the centuries. Good examples include one of the Ryojin-hisho* songs, “We are all born to play, born to have fun. When I hear the voices of children playing, my old body still responds, wanting to join in,” and the Zen word, Yushin/Asobi-gokoro (A playful mind/Playfulness). Such references indicate that play (asobi) is one of the foundations of art and the popular arts. Similar ideas can be seen in the West, such as Johan Huizinga’s Homo Ludens (or Playing Man), which discussed the importance of play as an essential element in human activity and the origin of culture.

The experience of nursing and rearing my three children is vividly imprinted on my mind. Babies who had plenty of breast milk and sufficient sleep were absolutely brimming with curiosity. They played constantly, with their senses of touch, sight, and hearing in high gear, playing with their hands and feet, and putting anything they touched in their mouths. Once they started crawling, their curiosity went up another gear, seeming to drive the development of their physical abilities and motor skills. This curiosity is surely the essence of humanity, the manifestation of Asobi-gokoro or playful mind.

Please forgive the lengthy introduction, which largely serves to justify my own furtive play. I hope my playing will not overtax the artists’ generosity and compassion. You know, the artwork that I am now looking at has come forth from your womb. I don’t know if it was an easy delivery or an excruciatingly painful, difficult delivery, but now that it is done, the work that you gave birth to exists as a separate entity with its own independent character and its own life.

That entity sparks the fire of life in the hearts of viewers, triggering the ongoing emission of life energy that will transcend time and space. What happens is already outside the control of the artist who gave birth to it. When your art moves someone emotionally, that experience becomes his or her personal possession.

What does it mean to move someone? Surely it means stirring the viewer’s emotions and resonating inside him or her.Performing a ‘concerto’ that resounds with the joy of discovering an untouched vein of something precious inside the viewer is surely the most treasured form of play.

*Ryojin-hisho (Songs to Make the Dust Dance on the Beams): a folk song collection compiled by Cloistered Emperor Go-Shirakawa in the end of Heian period. (12th century)

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